いきいきいきよう!

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松本は、最後の重要な軍需飛行場であった!

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戦時中、松本市内にあった陸軍松本飛行場の施設構成が、市空港図書館(松本市今井)の調査で明らかになりました。未舗装の滑走路の脇に六つの格納庫や軍需工場、兵舎などが立ち並び、柵で囲われていました。これまで格納庫の位置などしか分かっていませんでしたが、運用状況も含め解明が進みました。配置を再現した絵図を、同館で8月25日まで企画展

「旧陸軍空541部隊と松本飛行場」

で公開しています。
同飛行場は1943(昭和18)年以降、同市笹賀、神林、今井にまたがる200ヘクタール余に建設され、約1300メートル四方のほぼ正方形をしていました。45年には特攻隊が駐留し、沖縄戦に向けて九州へ飛び立ったことが分かっています。
市空港図書館の川村修館長が昨春から、当時を知る人に聞き取り調査をし、格納庫や滑走路の位置などが分かり、一般公開されている48年撮影の航空写真を基に、父親が飛行場に勤務していて一緒に敷地内を巡回したという元高校美術教員古町茂さんが、45年4月時点の絵図を作製し分かりやすく再現しています。
飛行場建設現場の陸軍航空本部経理部松本工事本部に勤めていた藤牧吉重さんら大勢の人が川村さんの調査聴き取りに応じたそうです。
また、離着陸の邪魔になるため移転させられた家に住んでいた男性の証言も得たそうです。
半地下式の兵舎や軍需工場、操縦模擬練習講堂、食堂などの位置が判明し、防火用池、排水路の他、現在のアルウィン近くに労働者のバラックが何棟もあったそうです。
飛行場には零式艦上戦闘機(ゼロ戦)や重爆撃機「飛龍」、「赤とんぼ」と呼ばれた練習機などが100機以上あったそうです。篠ノ井線村井駅から牛車で翼や発動機を運んだようです。終戦の際、全ての飛行機が焼き払われてしまいました。どこかに丸ごと埋められている可能性もあります。
川村館長は「陸軍松本飛行場に関わった方は高齢で、聞き取りも限界が近い。建物の位置が分かりやすい絵図は現実味が湧く。企画展を通じ、より多くの手掛かりが得られればいい」と期待しています。
(参考:信濃毎日新聞記事)

当時のパイロットが使ったパラシュートなども展示されていて、生々しい戦争体験がよみがえります。空港図書館だけあって、航空機に関する書籍が充実しています。特攻隊に関する情報も多く興味を引きますね。
松本空港周辺には、かつて軍需飛行場であった名残りが残っています。戦争末期、松代に大本営が造成され、航空機を制作していた名古屋の三菱重工が全部松本に疎開してきて、最後の砦として期待されていたのでしょう。
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