いきいきいきよう!

明るく楽しく美しく、生き生き生きるをモットーに、皆さんと情報交換できたら、嬉しいデ~ス。 愛犬キャロもヨロシク!  前記事はhttp://ikiikiikiyou.naganoblog.jp/  since2009年9月5日

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愛情不足について 『世界一有名な家庭教師の知られざる過去』 小林大三先生ブログより

天路Tenro 0ゼロ療法ラボ
5ZIGEN技術研究所
超0ゼロ・ポイント ギバー 天路Tenro 小林大三先生のブログが素晴らしいと、
ロシア政治経済ジャーナル No.1019北野幸伯先生のメルマガで紹介がありました。大変感動的な内容なので、私もシェアさせていただきます。

以下転載引用です。

先日、小林大三先生のメルマガを読んで泣きました。

みなさんにシェアしたいと思います。


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テーマ:◆小林の今知らせておきたいこと
メッセージから、「愛情不足について」という件名でいただいたお便りです。
(原文より改行を施しています)

☆☆☆   ☆☆☆   ☆☆☆   ☆☆☆   ☆☆☆   

私は、教師をしています。
いつも、悩んでいることがあります。

女性の30歳の学生なんですが、とても、優秀で、礼儀正しいんですが、
何故か、いつも、寂しげで、喜怒哀楽が表情に出ないんです。

なかなか、心を開かないです。
素直じゃなくて、反対の事を言う時があります。

たまに、家庭の事を話します。
家族が嫌いだと。

黙っていたら、自分から、話し始めました。

両親が、小さい時から、仲が悪く、お互いに愛人が居る事。
我慢して、仮面夫婦を演じている事。

彼女は、いつも、褒められたことがなく、厳しく育てられました。
どうすればいいでしょうか?

☆☆☆   ☆☆☆   ☆☆☆   ☆☆☆   ☆☆☆ 
  

お便りありがとうございます。

奇跡の連鎖が起こる話です。


『世界一有名な家庭教師の知られざる過去』


━━それは100年以上前の
1876年にさかのぼる。
 
アメリカ・マサチューセッツ州の
とある精神病棟に、緊張型精神
分裂病と診断されたひとりの
少女がいた。
 
その少女はほとんど牢獄のような
病室のベッドの上で、くる日も
くる日もうずくまり続け、
看護師によって毎日運ばれる
食事にもまったく手をつける
ことはなかったという。
 
その日も少女はせっかく運ばれた
食事に手をつけず、それを見た
女性看護師は食事の乗ったトレイを
持ちながらいらだたしげにいった。
 

「食べないならもう
 持ってこないわよ!」


そして看護師は少女の病室を
あとにした。
  
しかし少女はなににも反応を示す
ことはなく、いつまでたっても
ベッドの上で体を丸めてうずくまる
ばかりだった。

病気は治る見込みはないとされ、
なんと家族からも見放されて
いたという……。
 
が、そんな孤独な少女を気にかける
看護師がたったひとりだけいた。

その女性は鉄格子越しに少女の様子を
眺め、『今日も食べてないのね……』
と心配そうにつぶやいた。
 
少女は食事もとろうとせず、
止まることなく衰えていくばかりで
あった。

しかし誰もがさじを投げる中、
その女性看護師だけは少女を
ほうっておくことができなかった。

実は彼女には少女と同じくらいの
年の娘がいたのである。

ある日のこと。
少女の病室に向かう途中、少女を
気にかける看護師は同僚の看護師と
すれちがう。

その際、同僚は
『あれ(病気の少女)はもうダメよ』
という感じで手を振りながら
過ぎ去っていった。
  
少女の病室の前にたどり着いた
看護師は鉄格子越しにベッドの
上の少女を見つめる。

しかし医師ではない自分には
どうすることもできない。

しかし彼女は『せめて自分に
できることを……』ということで
翌日から次のような行動を開始した。
 
少女の病室に入ると、看護師は
クッキーが数枚乗った皿を
そっと少女のそばに置いた。
 
 
「これ、私が焼いたのよ。
 味には自信がないんだけど……。
 よかったら食べてね」

 
彼女は少女に
『あなたはひとりじゃないのよ。
 あなたを気にかけている人が
 いるのよ』
という思いを込めてクッキーを
置いたという。
 
以来、彼女はくる日もくる日も
少女の病室に手作りのクッキーを
置き続け、かたく閉ざされた少女の
心をやさしくノックし続けた。
 
看護師はベッドの上で眠り続ける
少女に語りかける。

 
「お菓子はなにが好き?
 いってくれればなんでも
 つくってあげるからね。
 でも、難しいのは勘弁してね」


 
 ━━それから数カ月が過ぎた
ある日のことだった。

看護師が少女の病室を鉄格子越しに
のぞくと、そこにひとつの大きな
変化が起きていることに気づいた。

なんと皿の上のクッキーが
全部なくなっていたのである!

つまり一切の食事を拒み続けて
いた少女は看護師の置いた
クッキーをついに食べたのだ。
 
それを目撃した看護師はたとえようの
ない深い感激に襲われた。

ただ死を待つばかりだった少女に
小さな奇跡が起きたのだ。
 
看護師は笑顔を浮かべて少女にいう。
 
「ほんとにあなた、よく食べて
 くれたわね。私も嬉しいわ」
 
そして皿を持って病室を出ようと
したときである。看護師の耳に
か細い声が入ってきたのだ。

 
「……ありが……とう……」

 
その声はベッドの上の少女の
声だった。
 
少女の声を耳にした看護師は
もちろんひどく驚き、急いで
少女のそばに戻って憔悴した
少女の体を強く抱きしめた。

 
「大丈夫よ!
 あなたはひとりじゃないのよ!」
 

看護師のその言葉が少女に
はっきり聞こえていたかどうかは
わからないが、少女はその瞬間から
激しく泣きじゃくり出したという。

それはまさしくひとりの看護師が、
誰からも見捨てられた孤独な少女の
心の扉を開いた瞬間だった。
 
そして、この少女がのちに、
世界中の誰もが知るとある奇跡の
物語の主人公になるのである……。

心の病を患い、なににも反応を
示すことなく、ただただ死を待つ
ばかりだったひとりの少女。

その少女の心を開いたのは
ひとりの看護師の小さな愛の
メッセージであった━━。
 
 
それから10年の月日が流れる━━。
  
かつて少女が入院していた病院の
院長室をひとりの紳士がたずねてきた。
彼は院長に向かって深刻な表情で
こういった。
 
「娘のことをなんとかお願い
 できないでしょうか?」
 
重度の身体障害児を子供に持つ
この男性は、娘の世話ができる人物を
必死で探していたのだ。
 
「いくつか病院をまわったんですが、
 すべて断られてしまって……。
 やはり無理ですよね……」
  
表情を暗くしてそうつぶやく男性に、
院長ははきはきとこういった。
  
「お引き受けします」
 
「え!?」顔をあげて驚愕する男性。
 
そして院長はひとりの女性を
院長室に呼び寄せた。
 
院長に入ってきたのはサングラスを
かけた若い女性。

彼女は身体障害児の娘を持つ男性と
笑顔で握手をかわした。
  
実は彼女こそ、かつて死を待つばかり
だったあのときの少女だったのである。

彼女はかつてとは見違える姿で
院長室に登場した。
 
院長はいう。
  

「彼女ならまちがいないでしょう。
 まさに適任です」


そして相談にやってきた男性は
激しく喜びを露にする。

  
「ハァ、よかった!
 これでヘレンも救われる!」

 
このとき、サングラスの女性は二十歳。
そして彼女は自己紹介をする。

 
「よろしくお願いします。
 アニー・サリバンと申します」

 
そう。この女性こそ、わずか1歳にして
光と音のない世界に突き落とされた
ヘレン・ケラーに50年の永きに
わたって献身的に付き添い、
家庭教師の代名詞となるあの
サリバン先生だったのである。
 
サリバン先生といえばサングラス姿が
有名だが、実は彼女は目の病気を患って
おり、目を保護する目的で常に
サングラスをかけていたのだという。
 
……ある日の昼下がりの公園の
ベンチの上。

サリバン先生は腕を振り回して
いうことをきこうとしない
ヘレン・ケラーに戸惑いを隠せない。

しかしサリバン先生は
ヘレン・ケラーに常にこういい
きかせ続けたという。
 

『大丈夫、
 あなたはひとりじゃないの!』

━━それは自身が生まれ変わる
きっかけとなったあの看護師の
メッセージ。

やがてヘレン・ケラーにサリバン先生の
思いは伝わっていく……。
 
「ヘレン……?」サリバン先生は
ベンチで隣に座るヘレン・ケラーに
目をやる。
  
ヘレン・ケラーはバケツの水の中に
そっと手を入れ、小さな声で
ぎこちなくこうつぶやいた。
 
 
「……ウォー……ター……」
 
 
飛び上がるような歓喜に襲われる
サリバン先生。
 
 
「そうよ!『ウォーター』、
 もう1度いってごらん!」
 
 
「……ウ、ウォー……ター……」
 
 
「ヘレン!」サリバン先生は
ヘレン・ケラーの名前を叫びながら
ヘレン・ケラーの小さな体を抱きしめた。
 
限りない慈愛と忍耐を持つサリバン先生。
こうして再び奇跡が起きたのであった━━。
 
ちなみに“奇跡の人”といえば日本では
ヘレン・ケラーのことだと思われがちだが、
国際的には“奇跡の人”とはサリバン先生を
指す言葉だとされている。

--------------------------------


ヘレンケラーにたいして、
諦めず接し続けたサリバン先生も、
「奇跡の人」だったのですね。



この話から気づいていただきたいこと
があります。

それは、
相手に共感する愛の力からの行動が、
奇跡を起こしたということです。


大切なことは、
心理テクニックなどではありません。

相手を思いやる愛が存在しているか
ということです。


そのためには、
悩んでいることが誰にとっての悩みか
ということを理解することです。

心を開いてくれないで困っているのは、
誰かということです。


悩んでいるのは学生さんでしょうか。
違います。
実は先生がその状況に悩んでいるんです。

学生さんの態度や性格、家庭環境が悪い
のでしょうか。
違います。
それらに意味付けしたり、評価している
ことが悪いんです。


今の困った気持ちからは、
相手を変化させることは出来ません。



そこで、
自分がもしそのような家庭に育ったら、
どんな気持ちになるか想像してみます。
同じ気持ちを充分に味わってみます。

すると、
自然と共感する愛情は生まれてきます。


そのとき生まれた気持ちそのもので、
本気で接してあげてみて下さい。



必ず奇跡は起こります。




(返信ここまで)


お便りを下さった方が、この生徒さんのことで悩んでいる根本的な理由は、心の底に両親から愛情を注いでもらえないことに対する罪悪感が存在しているためだと感じています。罪悪感を抱いていると、愛情不足が自分にとって困った問題として映り込むためです。

乳幼児期に親からずっと相手にされないでいたり、放っておかれたりすると、発達障害に結びつく原因となるという話も一部では囁かれたりもしているようですが、愛情不足に対する罪悪感は、成長していく過程の少年期までに、程度の差こそあれ多くの人が持つようになります。

本当の意味で大人にるということは、なんらかのきっかけによって、罪悪感を手放していくことではないか考えています。年明けの記事で、その方法について触れていますが、罪悪感を捨てることは可能です。

多くの場合、そのチャンスは大切な人との出会いや別れといった大きな変化によって起こります。そこで求められるのは、そこから逃げずに、自分を成長させるためにやってきた有り難い事として感謝することです。そこから始まる本当の自分の人生を歩んで行っていただければと思います。

以上転載引用でした。

Helen_Keller_with_Anne_Sullivan.jpg
8歳の頃のヘレン・ケラー(左)とアン・サリヴァン(1888年7月)

AnneSullivan.jpg
アン・サリヴァン(通称アニー)

ウィキペディア解説によると、
ヘレンとサリヴァンの半生は『The Miracle Worker』として舞台化および映画化されており、日本では『奇跡の人』という日本語題で何度も上演されている。英語の「The Miracle Worker」には「(何かに対して働きかけて)奇跡を起こす人」といった意味があり、サリヴァンのことを指すが、日本ではヘレンのことと誤解され、「奇跡の人」がヘレンの代名詞として用いられることも多い。サリヴァンはヘレンの初訪日直前に病没しているため、日本ではサリヴァンを知る人がごく一部しかいなかったのが誤解の原因と言われている。

師弟ともに「奇跡の人」だったんですね。


ヘレンは福祉活動のみならず、広範囲な政治的関心を持って活動した女性であった。当時としては先進的な思想を持ち、男女同権論者として婦人参政権、避妊具の使用を主張した。また、人種差別反対論者であり、過酷な若年労働や死刑制度、そして第一次世界大戦の殺戮にも反対した。
これらの活動のため、ヘレンは FBI の要調査人物に挙げられている。最初の訪日の際には特別高等警察の監視対象になっていた。

1936年10月20日、サリヴァン死去。亡くなる直前、サリヴァンは、サリヴァンが病床にあるという理由で岩橋武夫からの来日要請を躊躇していたヘレンに「日本に行っておあげなさい」と遺言したという。

なお、ヘレン・ケラーは幼少時より「塙保己一(はなわ ほきいち、江戸時代の盲目の国学者)を手本にしろ」と両親より教育されていて、1937年に来日した際、記念館を訪れている。この訪日の時に、ヘレンは横浜港の客船待合室で財布を盗まれてしまう。そのことが新聞で報道されると、日本全国の多くの人々からヘレン宛てに現金が寄せられた。その額はヘレンが日本を離れる時までに盗まれた額の10倍以上に達していた。

保己一のエピソード。和学講談所で『源氏物語』の講義をしているときに、風が吹いて、ろうそくの火が消えたことがあった。保己一はそれとは知らず講義を続けたが、弟子たちがあわてたところ、保己一が「目あきというのは不自由なものじゃ」と冗談を言ったという。
Hanawa_Hokiichi.jpg
ヘレン・ケラーの目標だった日本の塙保己一

日本にもすごい人がいたんですね。

それにしても、アン・サリヴァンにクッキーを焼いて持って行った無名の看護師の心根が素晴らしいです。

目の前の一人に粘り強く励ましの声を! その時の反応がどうあれ、心と心に信頼の橋をかけていることを信じて、、、、自分から胸襟を開いて飛び込んでいくことが、相手の心を開き、人材を伸ばす力となるのですね。
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